幻想郷の巫女は長命か、短命かが両極端だと言われている。
その代で起きたことが最も大きく影響していると情報から推測できる。平穏が続けば人間、妖怪の加護を受けて寿命まで生きている。何か大きな事件が起きればそれに巻き込まれ、命を落とす。
スペルカードルールが出来るまではこれが通例だったらしい。
過去のことは生まれていない以上、それを知っている者から聞いたり、本を読むしか方法は分からなかった。
他に分かっていることはスペルカードルールが出来てから劇的に異変の数が増えた。過去の資料と実体験を元に分析すれば間違いない事実。妖怪が起こしやすかったこと、様々な妖怪が復活したり、外の世界から来たり、地獄や天界といった異界から首を突っ込んできた連中が増えたのが原因だろう。
「お前はよく生き残ったな」
「文句あるの?」
「ねえよ、むしろ嬉しいぐらいだ」
「……珍しく素直ね」
「そこで照れるなよ。調子狂う」
魔理沙は肩をすくめながら頭をかく。向かいに座っている霊夢は目を合わせてくれなくなった。
「私は、霊夢がいなければ死ぬほど寂しいからな」
「そ、それは……私も……」
髪の毛を弄りながら頷かれると思わず、抱きつきたくなる。だが、今日は彼女にとって大切な日。ここでせっかくの晴れ着を汚すわけにはいかない。
「これでようやく。か……」
霊夢は黙って大きく頷く。外では各勢力の代表者とその従者が揃っており、加えて物見遊山の人間も何人か来ている。
様々な異変を当代の巫女は類稀な能力、天性の勘、議論の余地がある幸運で解決してきた。
だが、何事にも限度というものがある。彼女は人間であり、年を重ねる。衰えは妖怪や若い人間に後れを取り、技が思うように使えなくなる。
それは当代の巫女も例外ではない。
終わりを告げる鐘が鳴る。
「さ、行ってこい」
「ええ」
これで霊夢は博麗の巫女の役目を終えて、真の意味で何にも縛られない自由を得ることができる。密度が濃い故に短く感じたが、それでも巫女としての期間は全うしたのだから賛辞を送って然るべきだ。
「じゃあな」
魔理沙はいつもの口調で、それでも静かに博麗神社から去る。今日で最後の皆にとっての霊夢は終わるのだから。
「なーんてこともあったな」
「それをなんで今思い出すのよ?」
隣にいる霊夢が呆れた目をしている。若干、顔が赤くなったが、触れずに人差し指を立てた。
「今日でお前が巫女を降りてから二十年経ったんだよ」
「あら、そうだったの?」
「お前って本当にそういうの覚えないよな」
記念日を覚えないのは昔から変わっていない。彼女らしいから放っているが、自分でなければすでに愛想を尽かされていても致し方ない気がする。
それ以上に隣に霊夢が常にいる空間があればそれで良い。当時の彼女の隣にはいつでも誰かがいたため、魔理沙が常にいることはできなかった。博麗の巫女を降りた後、薄情にも妖怪達は霊夢に会う者は減っていった。当代への忖度なのだと分かっているが、最初の頃は二人で寂しく笑い合ったものだった。だが、裏を返せば霊夢と共にいる時間が増え、それを利用して失った友情を愛情にて上書きをし続けた。おかげですっかり霊夢は寂しい笑顔を見せることなく、魔理沙との生活を楽しむようになった。
「今日は寺子屋か?」
「ええ、何か買っておくものはある?」
支度を済ませた霊夢が玄関で履き物をしながら聞いてくる。彼女とは人間として人里で生計を立てながら一緒に暮らしている。魔法の研究は森で行っているが、基本的には人里で、実家から遠く外れた所に居を構えた。
「特にないな。これから森に行くから遅くなるかもしれん」
「はーい」
出ていったのを確認し、魔理沙は懐から手拭いを取り出す。霊夢が玄関に降りた時から喉までせり上がってきていた血溜まりを咳と共に吐き出す。
「時間は短いか……」
瘴気の中で生き続けてきた弊害は人間として生き続ける魔理沙を蝕み続けていたらしい。先日、永琳から余命を告げられ、このままの生活を続ければ彼女の薬でも余命十年と言われた。
霊夢は長命になるだろう。
次の三十年目を霊夢は孤独に迎えることとなる。悲しげな彼女は見たくない。
ならば、研究を辞めるのが最適解だが、それはプライドが許さない。人間の魔法使いとして唯一無二となるため。星を掴むために。
人としての欲と魔法使いとしての欲の戦い。
終ぞ決することなく、生涯を終えるだろう。霊夢と共に過ごせる日は刻々と短くなる。
「共に……そうか、いっそのこと」
邪な考えが魔理沙によぎり、自ずと毒に関する本へと手が伸びた。箒に跨り、森へと向かう。
三十年目は霊夢に決して寂しい思いをさせないために。